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ソン・ハローチョの演奏家たちが間もなく来日。フリオ・ミズミ・ゲレーロ・コジマに緊急インタビュー!

4月7日(金)に代官山「晴れたら空に豆まいて」で開催されるTOKYO MEXICAN PARTYにメキシコから出演するソン・ハローチョ演奏家、フリオ・ミスミ・ゲレーロ・コジマさんに、メキシコ在住の音楽ライター、長屋美保さんが緊急メール・インタビューを行いました。メキシコ東海岸のベラクルス地方の民俗音楽、ソン・ハローチョは地元では通常の大衆音楽とは異なる文化遺産として、民衆が強い意識をもって継承する特別な無形文化です。ソン・ハローチョとは一体どんな音楽なのか、どんな意識がそこに綿々と受け継がれているのか、とても貴重な証言が綴られています。興味ある方は、ぜひご一読戴けたらと思います。

 

Julio Mizzumi Guerrero Kojima

 

Q.ヤカテクトゥリというグループ名は、どんな意味があるのでしょうか?

「ヤカテクトゥリは、ナワトル語で鼻男という意味。先住民間では、商売繁盛や、商人の守り神、水先案内人として伝えられてきた。私たちが暮らす、ベラクルス州南部の町、オタティトランは、かつて、物流の重要な場所であったことから、ヤカテクトゥリ伝説が今も息づいています。 この名前を、グループ名に選んだのは、現在私たちが、ソン・ハローチョの音楽家として活動し、それを、次の世代へと繋ぐことができるのも、ヤカテクトゥリが導いてくれた道だと考えるからです。」

 

Q.グループは、どのように始まったのでしょう?

「Belén Torres Morales と、私(音楽監督のJulio Mizzumi Guerrero Kojima)が提案し、地元の文化センターで、ソン・ハローチョを若者たちに教えるワークショップを始めた。そこから、ヤカテクトゥリのコンセプトが出来上がっていった。たくさんの若者たちが、ワークショップに参加したが、特に興味を持った者たちだけが残っていき、グループを結成することになった。私たちは、グループであるが、家族でもある。私の兄弟、妻、息子、そして、親友のディエゴ・アルマサーンによって、1997年に結成されました。

 

Q.メンバーについて教えてください。

「現在のメンバーはJULIO MIZZUMI GUERRERO KOJIMA(レキント=主旋律部分を担う弦楽器)、MARTÍN YASUO GUERRERO KOJIMA (レオナ=ベース部分を担う絃楽器)DIEGO ALMAZÁN PARROQUIN(ハラーナ・テルセラ=第3ハラーナ。ちなみにハラーナとは、伴奏弦楽器。複数のサイズがあり、大きさによって音も変わる)、JULIO GUERRERO TORRES(パンデイロ=タンバリン型の打楽器、サパテアード=タリマという木の箱の台に乗り、タップダンスや、フラメンコのように、踊りながら、足を踏み鳴らして、リズムを刻む。パーカッションの役割を果たす、キハーダ=ロバや馬の顎の骨を使ったギロのようなパーカッション、ハラーナ)、BELÉN TORRES MORALES(ハラーナ・セグンダ=第2ハラーナ、サパテアード)、JOSE MITSUMORI GUERRERO KOJIMA(サパテアード、ハラーナ・テルセラ)の6人です。ヤカテクトゥリの演奏活動と、ファンダンゴ(ソン・ハローチョにおける、歌と踊り、演奏の宴、ジャムセッション)は、私たちの故郷や、国の大衆伝統文化を育成し、広めることから始まったのです。それは、国内外へのソン・ハローチョの音楽、歌と詞、サパテアードの継承を目的にしています。ソン・ハローチョが与えてくれる新しい風と、エネルギーを受けながら、古くからの伝統も受け継ごうと思っています。」

 

 

Q. どんな曲を演奏していますか?

「私たちのアルバム  "Toca con el Corazón”(心と共に奏でる)は、伝承曲と、グループのオリジナル曲を含む。地元のファンダンゴの歴史を編纂するようなものでもあり、川や自然、農耕を身近に感じながら暮らす、私たちの日常から生まれた。いっぽうで、若いメンバーたちの想いや、感情を込めた曲もあります。」

 

Q.ソン・ハローチョを演奏するようになったきっかけは?

「僕たちの両親は、音楽による愛を教えてくれました。ボレロ、トロピカル、サルサ、ソン・モントゥーノ、バラーダ、ランチェーラといった音楽です。ベラクルス州トラコタルパンで、毎年開催されるカンデラリアの祭りで行われるファンダンゴでは、  1988〜1992年の間に、ベラクルス各地からやってくるベテランの音楽家たちと交流しました。そして、ベラクルス各地の農村や、ハラーナ奏者たちとの集いといった日々のなかで、演奏する喜びや、技術が培われていったのです。」

 

Q. あなたたちの暮らす町、オタティトランについて教えてください

「ベラクルス州南部のオタティトランは、パパロアパン川の流域にあり、行政中心地区でもあるため、生活に必要な基本的なインフラや学校、病院、交通や商店などの設備は整っています。かつて、旅商人が訪れる場所であったことから、ナワトル語で、杖の場所という意味を持ちます。先スペイン期から続くコミュニティであり、地元の商人たちや、漁師たちは、商売の神であるヤカテクトゥリを崇拝しています。植民時代は、キリスト・カトリック教の影響を受けましたが、そこで今日も続く「黒いキリスト」の信仰が生まれました。黒く磨かれた木のキリスト像は川からやってきたとされますが、それは、キリスト布教し、改宗させやすくするために、地元先住民の神に似せた肖像を作り上げました。だから、その像の肌の色は黒褐色なのです。黒いキリストは、現在まで、地元に深く信仰される対象となっています。その5月の記憶日を盛大に祝い、巡礼者たちがやってきて、恩恵を蒙ります。それは地元の伝統文化や、習慣を継承する重要な行事にもなっており、地元の農業、漁業にも大きな影響を与えているのです。とりわけ、ソン・ハローチョに関しては、オタティトランは、重要な場所なのです。古い歴史を知る高齢者たちの証言や、写真資料にもあるのですが、 50〜60年代広場や、通り、家々、酒場でファンダンゴやウアパンゴが頻繁に開催されていました。人々は、団結力があり、社交的で積極的です。女性たちは家事だけでなく、製菓、製パン業や、縫製業を行い、中庭での家族との交流では、おしゃべりし、ポーカーし、刺繍を学んだりして過ごしています。」

 

 

Q.日系である、あなたたちの家族について教えてください。

「私の曽祖父であるYASUO KOJIMA TOMATSUは、オタティトランに着き、Genoveva Salasとの間に、一男(私の祖父であるJosé Kojima Salas)が授かりました。曽祖母と曽祖父は別れてしまったので、曽祖父のことをあまり知りませんが、彼の名字だけが、私たちに残ったのです。後々、曽祖父はメキシコ・シティに着き、新しい家族を築き、日本に戻ったという話が伝わってきたのですが、一体日本のどこへたどり着いたのか、何に従事していたのか、そして、なぜベラクルスの田舎街に来たのかは、わかりません。私たちに唯一残された遺産は、日本文化への深い憧憬であり、日本でソン・ハローチョを奏でたいという想いを日々募らせてきました。オタティトランには、KOJIMA家を含めて、3つの日系家族がいた。OGATA、KOYは、ベラクルス州内の島の方へと渡っていきましたが、私たちKOJIMA家は、地元で音楽と製菓、漁業などに従事しています。

 

Q. あなたの母は、JARDIN KOJIMA(コジマの庭)という庭を作りました。そこで、具体的に、どんな活動を行っていますか?

「JARDIN KOJIMA(コジマの庭)の活動理念は、ソン・ハローチョを通して、伝統文化を育み、芸術表現を、次世代へ繋げるため。その存在は、ヤカテクトゥリの基本活動に直結していて、子どもや若者たちに、ソン・ハローチョを魅力的に伝えることにより、彼らのなかのアイデンティティを気がつかせることができればと考えています。ただソンの演奏方法を教えるのではなく、毎週土曜に開催するワークショップにおいて、若い世代に社会意識や、コミュニティへの参加などの意味を考えて欲しいという意図があります。具体的には、以下のような活動を行っています。」

•  広場で、ワークショップを行う。果樹が育ち、池では魚や亀が飼育されていて、順番に面倒を見ます。この場所の持ち主である私の母が菓子作りを行うのを手伝ったり、レシピを教えてもらうことができます。

 

•  ベラクルス州南部特有の植物を育てる活動を行う。そこで、生徒たちが、大切に育てた植物を最終的に彼らの家へ持ち帰ります。

 

•  ソン・ハローチョを演奏するにおいて、重要な環境や社会問題などについての会議や、話会などを行う。

 

•  ソン・ハローチョの内外演奏家たちの映像をビデオで見て、学ぶ機会を与える。

 

•  毎年5月と12月には、生徒たちが参加し、外部の音楽家を招く音楽フェスティバルを開催する。

 

 

 

Q. 今回は、グループのうち、二人のメンバーだけが来日しますが、どんなことをする予定ですか?

「今回の旅は、私Julio Mizzumi Guerrero(レキント、ハラーナ、サパテアード、歌)と、 Julio Guerrero Torres(パンデイロ、レキント、ハラーナ。サパテアード)の二人が参加します。急速に発展する社会において、伝統や古来からの習慣を続けていくには、国外にソン・ハローチョの素晴らしさを広める必要があります。メキシコ国立自治大学へ留学していた日本人学生のKohei Masuda(コウヘイさん)との親交により、日本公演のアイデアが生まれました。メキシコと日本の支援者たちによって、旅の基本的な資金を集めました。日本の人たちにソン・ハローチョについて興味を持ってもらい、今後も交流を続けていけるきっかけとなればと考えています。

私は、モノブランコ(ソン・ハローチョを代表するグループ)の愛知エキスポでの公演や、メキシコ・イヴェントでの演奏に付き添い、日本へ行ったことがあります。今回の旅の目的は、単にソン・ハローチョを演奏するのではなく、その場の人たちと共有すること。日本の若者たちに、ソン・ハローチョの楽器演奏や、サパテアードを教えるワークショップを行う予定です。」

 

Q.日本とメキシコについてはどう見ていますか?

「日本はとても強い国で、豊かな食文化や最新テクノロジーを持ち、日々努力をし、正直で誠実な人々が暮らす場所だと思っています。 桜の下で歌ったり、交流や滞在を楽しみたいと思っています。日本のどこかに、きっといるであろう、私たちの家族にも、自ずとその活動が伝われば嬉しいです。メキシコは豊潤な文化と、多様性を持つ国であり、広大な大地と、気候により、特別な生態系を持つ場所です。 同時に、日常のなかに音楽があり、美味しい食べ物があります。メキシコは温かく人々を迎え、特別な体験ができる場所です。私たちは、そんなメキシコの伝統的な文化や音楽、習慣がおざなりにされがちな現代において、闘っているのです。」

 

Q.あなたたちにとって、ソンを演奏することとは?

「ソンを演奏するということは、歌によって私たちの考えを、そしてサパテアードによって活力を共有するということです。楽器演奏を学び、その即興を楽しむこと。コミュニティへの連帯と、演奏で幸せを感じること。ハーモニーとリズムを生み出すなかで、みんなで演奏することのエネルギーを感じることなのです。私たちが地元で感じている、この上ない楽しみを、日本の人々にも届けたいと思っています。」

 

有難うございました!

Mil Gracias a Julio Mizzumi Guerrero Kojima y Miho Nagaya.

 

 

詳細⇒http://mameromantic.com/?p=50847

予約は私、宮田宛のメールでも承ります。お名前、人数、お電話番号を書いて以下までお送りください。

smiyata5@flamenco.plala.or.jp

お待ちしております!

 

MUSIC CAMP, Inc.では日本では貴重なソン・ハローチョのCDを扱っております。

http://www.m-camp.net/

 

 

 

 

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